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釧路地方裁判所 昭和42年(わ)9号 判決

被告人 佐々木清敏 外二名

主文

被告人佐々木清敏を懲役一年に、被告人田中正を懲役一年六月に処する。

被告人佐々木清敏に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

本件公訴事実中、被告人三名に対する相互銀行法違反および被告人板倉良一、同田中正に対する予備的訴因である相互銀行法違反幇助の点については、被告人三名はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人佐々木清敏は、釧路市浪花町八丁目七番地に居住し、同市末広町二丁目一三番地でダンス喫茶「シヤンデリー」を、同町二丁目二二番地でレストラン「二番館」(昭和四〇年五月一五日以前は飲食店「クラブナイト」)を、同番地に事務所を設けて「三S商事」の商号で貸金業および空容器回収業をそれぞれ営んでいたものであるが、所得税を免れる目的で、仮装名義による不動産の取得および銀行預金の設定をなし、仮装名義で仕入れをなして二重帳簿を作成し、仮装の個人借入金を計上する等の不正の行為により、

一、昭和三八年一月一日から同年一二月三一日までの期間において、右営業等による実際所得金額が少なくとも五、五二四、四三二円を超えていたのに、翌三九年三月一六日の申告期限までに、所轄釧路税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで、少なくとも右実際所得金額に対する税額一、八八五、六〇〇円の所得税を免れ

二、昭和三九年一月一日から同年一二月三一日までの期間において、右営業等による実際所得金額が少なくとも八、九一〇、四五三円を超えていたのに、翌四〇年三月一五日の申告期限までに、同税務署長に対し所得税確定申告書を提出しないで、少なくとも右実際所得金額に対する税額三、五四四、四五〇円の所得税を免れ

三、昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間において、右営業等による実際所得金額が少なくとも一六、八八六、三六五円を超えていたのに、翌四一年三月一五日の申告期限までに同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで、少なくとも右実際所得金額に対する税額七、六七九、七一〇円の所得税を免れ

第二、被告人田中正は、法定の除外事由がないのに、昭和四〇年三月初旬ころから、昭和四一年八月一八日ころまでの間、前後二〇回に亘り、別紙(一)(麻薬譲受一覧表)記載のとおり、釧路市末広町二丁目「クラブナイト」等において、いずれも浅野こと指田弘子から自己施用の目的で、麻薬であるオピスタン注射液一CC入アンプル合計一七本、オピアル注射液一CC入アンプル一本、オピスコ注射液一CC入アンプル合計二本及び燐酸コデイン粉末約五グラムを譲り受け

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人佐々木清敏の判示第一の一、二の各所為は、所得税法附則第二条、昭和四〇年法律三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律二七号)第六九条第一項に、判示第一の三の所為は、所得税法第二三八条第一項に、それぞれ該当するのでいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪なので同法第四七条本文、第一〇条により最も犯情の重い判示第一の三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人佐々木清敏を懲役一年に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとする。

被告人田中正の判示第二の各所為は、いずれも麻薬取締法第二六条第一項、第六六条第一項に該当するが、以上は刑法第四五条前段の併合罪なので同法第四七条本文、第一〇条により判示第二の罪のうち犯情の重い別紙(一)(麻薬譲受一覧表)記載(6) の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人田中正を懲役一年六月に処する。

(無罪部分の理由)

本件公訴事実中、被告人三名の相互銀行法違反の点は、

被告人三名は共謀のうえ、大蔵大臣の免許を受けないで共同積立会なる名称のもとに、多数の無尽を起講し、第一回目の掛金全額を自己の営業資金等に充当しようと企て、営利の目的をもつて別表(二)の(1) 記載のとおり青木繁等約一七〇名との間に各無尽毎に会名、一定期間、掛金額等を定め、同人等に毎月掛金させ、第二回目以降期間満了時まで毎月一回入札して「セリ」をなし、その落札者および期間満了時の未落札者に対し、一定の金員を給付することを約し、別表(二)の(2) 記載のとおり、当該期間中である昭和三八年三月一三日より昭和四一年一二月一七日までの間、同記載の場所で同人等から掛金合計二〇五、九五〇、〇〇〇円を受け入れ、もつて相互銀行業務を営んだものである。

というのであり、被告人板倉良一、同田中正に対する予備的訴因である相互銀行法違反幇助の点は、

右両被告人は、被告人佐々木清敏が大蔵大臣の免許を受けないで前記相互銀行業を営んだ際その情を知りながら掛金の受入れ等帳場の役割りを果してその犯行を容易にさせて幇助したものである。

というのである。

ところで、右相互銀行法違反は、同法第四条違反すなわち同法第二条第一項第一号に規定する業務を大蔵大臣の免許を受けないで営んだものとして同法第二三条の罰則を適用しその処罰を求めているものであることが明らかであるから、まず被告人らが本件無尽講により同法第二条第一項第一号所定の掛金の受入をなしたものであるか否かにつき検討するに、<証拠略>を総合すると、次のような事実が認められる。

被告人佐々木は、昭和三五、六年ころより、釧路市末広町二丁目において、飲食店「クラブナイト」、ダンス喫茶「シヤンデリー」などの事業をはじめたが、釧路市の歓楽街である末広町界わいでは、以前からいわゆる無尽講が非常に盛んであり、他人の起講した無尽講に講員として加入することもあつたが、やがて末広町内の同業者などからのすすめにより、自らも前記飲食店等の営業資金調達の目的で、講元になることとなり、昭和三六年六月一三日一〇〇万円取一三日会と称する無尽講を起講したのをはじめとして昭和三八年二月一三日右講が終了した後も引きつづき、翌三月一三日より再び自ら講元となつて無尽講を起し、以下次々と本件起訴にかかる延べ八本の無尽講を起講した。

右各無尽講の仕組みは、昭和四〇年三月一三日から同四一年一一月まで継続した飲食店「住友」における二〇〇万円取一三日会と称する無尽講を例にとると、おおよそ次のとおりであつた。(他の無尽講も同様の型態である。)

一、講会日は毎月一三日

一、講会場所は、釧路市末広町四丁目三番地飲食店「住友」

一、講金金高は二〇〇万円

一、口数は、講元を除いて二〇口(但し一人数口を持つことも可能)

一、講員の掛金は、一口につき、第一回目が一〇万四、〇〇〇円、第二回目以降第二一回(最終回)まで毎回一〇万円

一、第一回目の右掛金合計二〇八万円は無条件で講元が取得する

一、講元は、第一回目、講会場での飲食代及び講員全員に対し引出物と称して交付するみやげ品代等の費用を負担する(おおむね右の八万円でもつてこれにあてる)

一、第二回目以後は、講員間で講金二〇〇万円を最高限として入札を行い、入札者中最低額の者が落札者として其金額を受領し、其金額と講金二〇〇万円との差額は「割戻金」として未落札者間で均等割にして分配する(但し最終回は入札を行わず残つた未落札者が二〇〇万円全額を取得する)

一、講元は、第二回目以降は毎回花くじ番くじ代にあてるため三万円を負担する(親の掛金といわれている)ほか飲食代、菓子代などを負担する

一、花くじは、金額により三種類に分けられ(大体八〇〇円、六〇〇円、四〇〇円の三種類)合計二一本で抽せんによつて講元及び全講員合計二一名が一本づつ引く

一、番くじ(入札奨励金)は、未落札者の落札金高に最も近い者から三番目、五番目、七番目、九番目、一一番目の者等が、それぞれ所定金額を取得する

以上のような仕組みは、釧路市内末広町界わいで行われていた他の無尽講のそれと同様であつて、慣習としてほぼ確立し、本件無尽講においても講員間に当然のこととして、いわば講員全員が右慣習を暗黙のうちに承認するという形で、右のような仕組みにのつとつて講が行われており、各講会日における具体的な運営の実態をみてみても、講元である被告人佐々木か、あるいはその代理人として被告人佐々木の事業の経理部長である被告人田中又は営業部長である被告人板倉のいずれかが講会日に出席していたが、被告人らは無尽講の掛金、割戻金、花くじ、番くじ等の計算方法についてさして詳しくなく、いわゆる帳場を担当していたのは、被告人ら以外の講員の中で前記のような無尽講の慣習をよく知つている者(たとえば、石田栄一、住友もと、小林加津江、五明さき等)であつて、それらの者が随時掛金の徴集、割戻金、花くじ、番くじの計算、落札金、割戻金等の支払、さらには被告人佐々木の保管していた共同積立会台帳(昭和四二年押第三七号の1ないし4)への記帳等も行つていたのであり、又、掛金の授受は、現金又は小切手で入札前に帳場に集められたが、小切手は金額欄白地のものが多く、落札後、花くじ等の抽せんが終つたのち、掛金額から割戻金、花くじ、番くじの取得金を差し引いた額をその場で金額欄に記入するという扱いがなされていた。

又、本件無尽講の講員は、被告人佐々木が選定したものであるが、いずれも末広町内の又はその附近の同業者、居住者、或いは被告人佐々木との取引関係者、知人であり、それらの者が講元となつている無尽講も多数あつて、その多くが互に講員となり講元となつている間柄である。すなわち本件被告人佐々木の所得税法違反の証拠となつた前掲検察官作成の捜査報告書によれば、昭和四一年一月当時では被告人佐々木が講元となつていた講数は五本であるが、講員として他の講元の講に参加していた講数は四一本もあり、本件講の講員のなかにも四、五〇本もの講に加入していたものもみられ、講元の講数三、四本とか講員としての加入講数五、六〇本という事業主もいて、末広町界わいでは、無尽の講会が一種の社交場となつていたおもむきもある状態であつた。

以上認定の諸事実に徴すれば、本件無尽講の講元である被告人佐々木が、講員との個別的契約により自己の責任において、一定期間の途中又は満了時に一定金額の給付をすることを約して掛金の払込をうけそれを所有したもの、すなわち相互銀行法第二条第一項第一号にいう掛金を受入れたものとは到底認め難く、右掛金は各講員間の組合類似の契約のもとに、講員全員に共有的に帰属したものと認めるのが相当である。

なお、本件各無尽講においては、講元は、第一回において講金全部を取得するのに拘らず、講員と同額の掛金を払込まないのであり、その点において巷間ままみられる無尽講と異るのであるが、本件のごとき型態の無尽講は、講元が講員より金融を得るため、いわば講員より援助をあおぐことをねらいとして、又講員もそれを承知して開らかれるものであり、本件と全く同様の無尽講が他に多数存在し、互に講元となり講員となつていて特に被告人佐々木のみが極端に講元であることが多いということの認められない事情をも考慮すれば、右の点をもつて直ちに本件各無尽講が相互銀行法四条に該当するいわゆる営業無尽であると飛躍論断することはできない。

更に又、前掲各証拠によると、本件無尽講において講員の中に掛金の支払をしないものが出た場合、講元がその責任を負うことになつており、事実そのように取り扱われていたことが認められるが、それは講元が講員を選定する立場上およびその講によつて受ける利益との均衡上、講員の支払能力を担保し、その掛金の支払について保証的責任を負う、という趣旨のものであると解されるから講元が右のような責任を負うことをもつて、掛金が講員全員に共有的に帰属すると認定する妨げとはなりえないものといわなくてはならない。

そうとすると、被告人佐々木は、本件各無尽講において相互銀行法第二条第一項第一号にいう「掛金の受入」をしたもの、すなわち相互銀行業を営んだものとは認め得ず、従つて被告人三名に共謀の事実があるかどうか判断するまでもなく、又、被告人田中、同板倉両名に幇助の事実があるかどうか判断するまでもなく、被告人三名に対する本件相互銀行法違反および被告人田中、同板倉に対する予備的訴因である相互銀行法違反幇助の公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条により被告人三名に対し、右の点について無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 井上隆晴 森本雄司)

別紙(一)別表(二)〈省略〉

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